活動報告

トップページ > 活動報告> 活動日記 2002/07/30

2001年12月  ペシャワルを視察!!

 今、アフガン支援のために我々は何をなすべきか。
その方向性をしっかりとらえるため、2001年12月14日〜19日の6日間、大仁田厚議員とパキスタンの北西辺境省ペシャワルを訪問。

ペシャワルには、昨年9月11日の米同時テロ以降、空爆や戦火を恐れて、新たに16万人ともいわれる難民が流入している。

多くの難民キャンプのうち、今回はシャムシャトウー難民キャンプ、1980年にできたというカチャガリ難民キャンプを訪れた。
小学校の責任者から、文房具がありがたいとの情報をいただいていたので、キャンプの子供たちにノートや鉛筆、サッカーボール、そして福岡の方々から預かった子供服などをプレゼント。大いに喜んでもらえた。


「食べ物はいらない。平和が欲しい。」
これは、大仁田議員が「夢」というテーマで子供たちにかいてもらった絵に添えられたメッセージだ。
子供たちの願いが胸にズシリと響く。彼らの将来の夢の多くは、医師、教師、エンジニア・・・。

キャンプ担当官モハメド・ナイム・カーンさんは「一番の課題は教育」と語る。国連の援助は小学校までの学費だけ。
その後の奨学金や助成金はパキスタン政府が負担している。
しかし、子供たちが平和な未来を築くための教育を受けていくにはまだまだ足りない。


最終日、福岡出身の中村哲先生が活動するペシャワール会を訪ねた。同会は1987年から17年間ハンセン病の診療活動を続け、現在はペシャワルの病院を基地にアフガニスタン国内にも10か所の診療所を設けて、精力的に活動している。

また、診療活動と同時にアフガニスタンへの小麦等の物資の輸送と井戸掘りにも全力をあげ、その数はこれまでに630か所近くにものぼっている。
「とにかく水が必要です。人間として生きていける状態をつくらなければ。 」
異国の地で、人々の命を必死に救うペシャワール会の活動とは裏腹に、次々と報告される空爆による死者・・・日本人としての彼らへの誇りとともに、胸に広がる現実へのやるせなさ・・・。

しかし嘆いてばかりいては何も始まらない!アフガン難民の実態をこの目と肌で感じ、生の声を聞いて、痛感した。

アフガン復興の主役は子供たちだ!資金だけでなく、エンジニアや教師の派遣など、日本ができる支援の方向性が見えてきた!!!

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